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最高裁判所第二小法廷 昭和53年(行ツ)140号 判決 1981年3月13日

上告人特許庁長官

島田春樹

右指定代理人

柳川俊一

外九名

被上告人

フィリップス・ペトロリュームコンパニー

右代表者

エル・エッチ・ジョンストーン

右訴訟代理人弁理士

浅村皓

外四名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人蓑田速夫、同渡邊剛男、同岩渕正紀、同遠藤きみ、同古川悌二、同松家健一、周佐藤辰男、同士屋喜郎、同桜井常洋、同伊藤誠吾の上告理由について

本件につき適用がある昭和四五年法律第九一号による改正前の特許法四四条(以下「特許法旧四四条」という。)によれば、特許出願人は、二以上の発明を包含するもとの出願につきその一部を分割して一又は二以上の新たな出願とすることができ、この場合、新たな特許出願は、もとの特許出願の時にしたものとみなされるものであるが、右の二以上の発明を包含する特許出願にあたるかどうかについては、これをもつぱら願書に添付された明細書中の特許請求の範囲における記載に限定して決すべきものか、それ以外の発明の詳細な説明ないし願書添付図面の記載内容をも含めて決すべきものかについては、右の法文上からは明らかでない。しかしながら、特許制度の趣旨が、産業政策上の見地から、自己の工業上の発明を特許出願の方法で公開することにより社会における工業技術の豊富化に寄与した発明者に対し、公開の代償として、第三者との間の利害の適正な調和をはかりつつ発明を一定期間独占的、排他的に実施する権利を付与してこれを保護しようとするにあり、また、前記分割出願の制度を設けた趣旨が、特許法のとる一発明一出願主義のもとにおいて、一出願により二以上の発明につき特許出願をした出願人に対し、右出願を分割するという方法により各発明につきそれぞれもとの出願の時に遡つて出願がされたものとみなして特許を受けさせる途を開いた点にあることにかんがみ、かつ、他にこれと異なる解釈を施すことを余儀なくさせるような特段の規定もみあたらないことを考慮するときは、もとの出願から分割して新たな出願とすることができる発明は、もとの出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲に記載されたものに限られず、その要旨とする技術的事項のすべてがその発明の属する技術分野における通常の技術的知識を有する者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に実施することができる程度に記載されている場合には、右明細書の発明の詳細な説明ないし右願書に添付した図面に記載されているものであつても差し支えない、と解するのが相当である。

次に、特許法旧四四条二項は、前記特許出願の分割は、特許出願について査定又は審決が確定した後は、することができないと定めており、前記のように、特許出願により自己の発明内容を公開した出願人に対しては、第三者に対して不当に不測の損害を与えるおそれのない限り、できるだけこれらの発明について特許権を取得する機会を与えようとするのが、特許制度及び分割出願制度に一貫する制度の趣旨であるから、以上の趣旨に徴するときは、分割出願は、もとの出願について査定又は審決が確定するまでこれをすることができると解するのが相当であり、このように解しても、第三者に対し不当に不測の損害を与えるおそれがあるとは考えられない。もつとも、特許法施行規則三〇条は、分割出願により新たな特許出願をしようとする場合において、もとの特許出願の願書に添付した明細書又は図面の補正をする必要があるときは、右明細書又は図面の補正を新たな特許出願と同時にしなければならないと定めていて、分割出願にあたつては、もとの出願の願書に添付した明細書又は図面の補正をしなければならない場合もないではないところ、前記法律による改正前の特許法六四条一項本文によれば、明細書又は図面の補正は、特許出願について査定又は審決が確定する以前であつても、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達があつた後は、特許法五〇条の規定による通知を受けたとき、又は特許異議の申立があつたときは、同条の規定により指定された期間内に限り、特定の事項についてこれをすることができるとされているのであるから、これによれば、もとの出願につき出願公告をすべき旨の決定があり、その謄本の送達があつた後は、分割出願を理由とする明細書又は図面の補正ができず、ひいては、明細書又は図面の補正を要するような分割出願は手続上不可能である場合もあるかのような観がないではない。しかしながら、このような結果は、分割出願制度の趣旨が前記のとおりのものであるとする以上、到底容認することができないものであるから、単に分割出願の体裁を整えるために必要な明細書又は図面の補正は、前記特許法六四条一項本文の規定にかかわらず、これをすることができるものと解するのが相当である。

それ故、出願公告の決定があつた後におけるもとの出願の願書に添付した明細書の発明の詳細な説明ないし右願書に添付した図面に記載された発明を目的とする分割出願であるとの理由によりこれが不適法であるとすることはできない。

そうすると、本件審決のように、被上告人のした原判決判示の本願発明を目的とする分割出願が、もとの出願である原判決判示の原出願につき出願公告決定があつた後に、原出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲に記載されず、発明の詳細な説明に記載されていた発明を目的としてするものであつたことを理由に、これを不適法な分割出願であるとしてその出願日の遡及を認めることができないとすることはできず、これと同趣旨の見解のもとに本件審決を違法であるとした原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、いずれも採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(塚本重頼 栗本一夫 木下忠良 鹽野宜慶 宮﨑梧一)

上告代理人蓑田速夫、同渡邊剛男、同岩渕正紀、同遠藤きみ、同古川悌二、同松家健一、同佐藤辰男、同土屋喜郎、同桜井常洋、同伊藤誠吾の上告理由<省略>

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